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episode6 ネギ

「う、ふぅ」

 喉の奥から吐息を出した新本慶一は、バビロニアに帰ってくるなりソファへ寝転んだ。

「替え玉三回はやりすぎって言ったでしょ」

「しゅわしゅわしたやつ」

 佐々木正臣は冷蔵庫から炭酸水のペットボトルを取り出し、慶一へ渡してやった。

 慶一は苦悶の表情で口をつける。

 

 原宿駅近くの博多ラーメン屋で、慶一は三度も麺のおかわりをしていた。

 細身の身体の中の胃は、さぞかし張っていることだろう。

 慶一は欲望のまま食べ、よく後悔する。

 太らないのは、食べ過ぎるときまってお腹を下すからだ。

 

 正臣がキッチンでコーヒーをいれていると、少し落ち着いたのか慶一が立ち上がり洗面台へと向かった。

 しゃこしゃこと歯を磨く音が聞こえてくる。

 

 正臣は椅子に座り、コーヒーを飲む。

 油っぽい食事のあとの濃いめのコーヒーは特においしく感じる。

 苦みが心地よく喉を抜けていく。

 

 身体を弛緩させながら味わっていると、洗面台から出てきた慶一が言った。

「なぁ、正臣」

「なんです」

 正臣は目を閉じ、口に残った苦みを楽しみながら聞き返した。

「ラーメンにネギ入ってたろ」

「そりゃ入ってるでしょうね」

「どれくらい?」

「ネギラーメンでもないんだから、申し訳程度ですよ」

「だよな」

「それがどうしたんです」

「今、口をゆすいだら大量のネギが出てきたんだが」

「はい?」

「さっき食った分そのまま出てきた感じだ。俺ネギ食ってないのと同じじゃないか?」

 正臣は飲みかけたコーヒーをソーサーの上に戻した。

「慶一さん、いいですか?」

「ああ。やっぱり食ってないのと同じだよな?」

「黙って」

 慶一を一瞥もせず、正臣は言った。

「……心底どうでもいいです」

「お前がどうでもよくても、俺が気になる」

 正臣は目を細めた。

 ここで怒ったら負けだ。

 一呼吸入れ、「二度と」と正臣は自分を落ち着かせて続けた。

「俺がコーヒーを飲んでいるときにそういう話はしないでください」

 きっぱりと言い切り、正臣はカップに手を伸ばし、コーヒーを楽しむ時間へ戻ろうとした。

「そういう話ってネギの? 俺がネギ食ってないのと同じじゃないかって話のことか?」

 

 手を止めた正臣は思った。

 慶一に悪気がないとか、天然ぎみとかは関係ない。

 むかついたから怒る。

 そうだ、もうそれでいい。

 どんな気持ちでコーヒーを飲んでいたか、この男は知るべきだ。

 胸焼けするくらい言ってやっていい。

 そう心に決めた正臣は、ゆっくりと慶一へ顔を向けた――