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episode5 青

「お前と来るといつもこうだ」

 新宿にあるバー。

 ぎりぎりまで明るさを落し、オレンジ色の光がほのかに灯っている。

 先にカウンターに腰を下ろした新本慶一が面倒そうに言った。

 入ったときのバーテンの微かに驚いた表情に気づいたのだろう。

「あなただって人のこと言えないじゃない」

 桂木青は、その見た目とは裏腹に、深みのある表情で両肩をあげて隣の席に座った。

 慶一は首をわずかに曲げ、バーテンダーにモヒートを注文する。

 青は少し迷ってから、さわやかなフルーツのカクテルをと注文をした。

「いや、お前の方がひどい」

「生まれついてのものに文句言うやつはクズよ」

 慶一は微かに笑った。

 

 彼の年齢は三十一だ。

 童顔というわけではないが、肌のつやや雰囲気が若い。

 さらにジーンズによれよれシャツという見た目のだらしのなさも相まって二十代前半、下手すれば大学生にも見える。

 といっても、慶一の言いたいことはわかる。

 青の方は二十七だったが、女子高生にさえ見間違われるほど幼い顔立ちだからだ。

 

「恰好ぐらいもう少し年齢をあげればいいだろ」

 青の服装とメイクを見て慶一が言った。

 薄化粧に、白のスニーカー、フレアスカートにスウェット。

 確かに高校生、よくて大学生くらいにしか見えないだろう。

 だが青は言う。

「なんにもわかってないわね」

「なんだ。言ってみろ」

 慶一はその続きを楽しみそうに笑った。

「この顔で黒のスーツでも着てたらどう見えると思う?

 高校生が無理して大人びようと必死ってものよ

 そんなんだから、まともに付き合えないんじゃない?」

「お前は余計なこと言うからもてない」

「はあ?」

「あ?」

「桃のロングでございます」

 バーテンダーが、会話の間に滑り込むようにカクテルを出した。

「ありがとうございます」

 カクテルを手に取ると、桃の濃い匂いが漂ってくる。

 スムージーにも似た、果実感のあるロングカクテル。

 口にすると、荒くおろされた桃の触感と味が心地よかった。

 

 隣の慶一がモヒートを受け取ると、なにかを取り出して口にくわえた。

 青は周りから漫画と言われるくらい丸い目をさらに丸くして聞いた。

「なにそれ?」

 アルミでできた銀色の片手に入るくらいの容器。

 その上にガラスの容器がついており、中で透明な液体が揺れている。

「ベイプだ。電子タバコ。液体のグリセリンを気化して吸う」

 慶一はガラス容器の先についた吸い口をくわえると、真っ白な煙を吐き出した。

「フレーバーを入れると、いろんな味が楽しめておもしろい」

「あいかわらず妙なことばかり」

 青は顔をしかめて言った。

「生きるなら楽しい方がいい。お前みたいにがちがちに生きてられない」

「はん? 人生は目標を具現化していくからこそ面白いのよ」

「前向きなことだ」

「百年後みてなさいよ。べそかくわよ」

「生きてたらな。そういや」

 慶一はなにかを思い出したらしく、ふふと笑って言った。

「お湯と水を注ぐ音に違いがあるって知ってるか?」

「あっ、知ってる。ネットで見た。注ぐ音だけ聞いても、だれでもお湯と水の違いを聞き分けられるってやつでしょ?」

 青もにやりと笑った。

「やっぱり知ってたか。あれ、面白いよな」

 慶一は嬉しそうに笑う。

 そういうところだけは、波長が合う。

「うん、よかった。意識したことなかったけど、実際聞いてみると聞き分けられるのが不思議よね」

「な」

 慶一は満足そうにうなずくと、モヒートを飲み干し、ゴッドマザーというカクテルを注文している。

 今日は新しい話をもってきたか、ディベートでもふっかけてくるのか。

 そう考えながら青は、桃が舌から喉へ流れていのをゆっくり味わった。